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シャープ、台所からDX 家電戦略をアップデート:日本経済新聞(6/26)

シャープがオンラインで開催するヘルシオやホットクックを使った料理教室(大阪府八尾市)

シャープが家庭の台所を舞台に、家電のビジネスモデルの転換を模索する。調理家電を核にレシピ提案から食材配達、オンライン料理教室までデジタル技術で一貫サービスを提供する。海外では米ウォルマートなど流通大手を巻き込む「スーパーアプリ」が台頭する。消費者とのつながりが勝負どころとみて、取得したデータでサービスを磨く。

「肉や魚の種類を変えてアレンジすることでレパートリーは広がりますよ!」。6月9日、シャープの八尾事業所(大阪府八尾市)で開かれたオンライン料理教室の撮影現場で、講師役を務める社員、国内スモールアプライアンス事業部の中島優子課長はカメラに向かって笑顔で語りかけた。

モニター越しの生徒の自宅には調理家電「ヘルシオホットクック」が置かれている。調理を自動制御し、400種類を超えるレシピの中から好みの一皿を作る家電製品だ。食材に含まれる水分を活用する無水調理でうまみを凝縮できる。2015年の発売以来、累計販売台数は約40万台だ。20年度は販売台数が19年度比で4割増え12万台となった。この日はサバの味噌煮など定番の4品を作った。20年末から開いているオンライン料理教室には毎回20~30人が参加する。

米テスラの手法

ホットクックはネットに接続し、追加レシピをダウンロードできるソフトウエアが強み。米アップルのiPhoneが基本ソフト(OS)を定期的に更新するのに似ている。米テスラも「オーバー・ジ・エア(OTA)」と呼ばれる手法でソフトを更新して自動運転機能を高める動きを見せている。ハードウエアそのものだけでなく、ソフトとの両輪戦略が重要性を増しているのは家電も同じだ。

「ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)を高めたい」。シャープの奥田哲也国内スモールアプライアンス事業部長はこう話す。ライフタイムバリューとは、買ってもらった後も含む価値のこと。メーカーがサービスに磨きをかけ続けることで価値を維持し、別の収益機会を探ったり、買い替える際にまた同じブランドを選んでもらえたりする。

シャープの仕掛けは料理教室だけにとどまらない。ネット上のファンコミュニティ「ホットクック部」では会員ユーザー同士が交流できる。会員に人気のメニューランキングが可視化され、どう調理されているかデータで把握できる。コアなファンに好まれる傾向がわかり、レシピ開発やイベントの企画に役立つ。ミールキットを自宅に届ける食材配達事業も手掛けている。

顧客とつながりデータ収集

シャープが家電メーカーの領域を超えたサービスを手掛けるのは顧客とつながることで見えてくる価値だ。ホットクックのWi-Fi接続率は70~80%にのぼる。ユーザーの8割以上が週2日以上使用するため、10万台規模の調理履歴データが全国から毎週入ってくることになる。

ビッグデータの活用で、製品やサービスの改善が可能だ。例えば、当初は朝に食材をセットして夜に食べるニーズが強いと分析していたが、データをみると朝食向けの利用が意外にも多いことが分かった。このため朝食向きのスープを充実させるなどレシピを改良する。コロナ禍で在宅時間が増えたことから、子どもと作れるスイーツのメニューを増やすなどしている。

台湾の鴻海精密工業傘下になったシャープは黒字が定着するようになったが、売上高営業利益率は21年3月期に3%と低いまま。収益性を高めるには市況に左右されやすい液晶ではなく、自社でブランド力を高められる事業がカギを握る。22年3月期は全社の営業利益率は4%の見込みだが、ホットクックなど自社ブランドに関わる事業では23年3月期に7%を目指す。

ライバルにパナソニック、クックパッド

ただ、シャープが事業領域を広げるキッチン周りのビジネスにはライバルも多い。パナソニックは炊飯器とコメなど、調理家電と食材を合わせ、月3980円の定額で使えるようにするサービスを7月から始める。

ネットの世界からも家庭の台所というリアルな場所に収益機会を求める動きが広がる。レシピアプリのクックパッドは食材をアプリから注文して自宅近くにある「ステーション」まで配達する「クックパッドマート」を都内などで展開している。同サービスは前日までに注文した食材を商店や卸業者から集めて配送し、500カ所あるステーションに、翌日の正午までに届くようにする。食材を使ったおすすめレシピをアプリで提案することで料理をしやすくしている。18年から始めていたが、新型コロナの感染拡大で「感染リスクを抑えるために非接触ニーズが高まった」(買物事業本部の水上真介本部長)。流通総額は20年の1年間で20倍に拡大したという。

生鮮宅配のオイシックス・ラ・大地は食材の配達事業を強化、食品メーカーでは味の素がレシピアプリを充実させるなど家庭の台所をめがけて攻勢をかけている。海外では食の「GAFA」と呼ばれる存在も台頭する。台所のプラットフォーマーを巡る競争は過熱しそうだ。

(DXエディター 杜師康佑)

新型コロナで家庭の支出はどう変化したのか。総務省の家計調査によると、1カ月あたりの食費は2020年に7万6440円(2人以上の世帯)と、19年比で2%増えた。内訳では、外食費が25%減る一方で、家庭で消費する肉類(11%増)や魚介類(6%増)は上昇している。支出全体に占める食費の割合を示すエンゲル係数は27.5%と、19年までの5年間(25%台)と比べて高くなった。

内食市場は相対的に増加

日本惣菜協会の調べでは、日本のフード産業の規模は19年に72兆円。このうち半分の36兆円が「内食」、「中食」は10兆円、「外食」は26兆円だが、飲食店支援サービスを手掛けるトレタの中村仁代表取締役は「20年はコロナの影響で外食産業が20兆円ほどになっていてもおかしくない水準だ」と指摘する。
内食市場は相対的に増えたが、実際に毎日の献立を考え、下ごしらえするのは容易ではない。買い物にかかる時間を含めると料理に費やせる時間には限りがあるなか、「レシピや家電と食材配達がシームレスにつながるユーザー・エクスペリエンス(UX)が重要になっている」と食分野に詳しいコンサルティング会社シグマクシスの田中宏隆常務執行役員は指摘する。

サイドシェフのケビン・ユーCEO

だが、日本の場合は各社単独のプラットフォーム戦略にとどまっている側面が強い。実は日本の1歩も2歩も先を行く米国では、家電メーカーや小売り流通を巻き込む「食のGAFA」(田中常務執行役員)ともいえる企業が出てきている。

食の「GAFA」

ゲーム会社で働いていたケビン・ユー最高経営責任者(CEO)が13年に立ち上げたサイドシェフがその1社。「デジタル体験を、食やライフスタイルの分野に適用できるようにしたかった」(ユーCEO)と考えたことが起業のきっかけだ。
同社のアプリには1万8000種類以上のレシピがある。アプリを見ながら料理ができるのはクックパッドなどと同様だが、そのパートナーになっているのは米アマゾン・ドット・コムやウォルマート、独ボッシュや韓国LG電子、中国海爾集団(ハイアール)傘下のGEブランドなどそうそうたるメンツだ。
例えば、18年から始めた生鮮宅配「アマゾンフレッシュ」との提携サービスでは、作りたいレシピと食材を選ぶことで、可能なエリアであればその日のうちに商品を受け取れる。ウォルマートとも同様に20年から協業関係にある。「米国最大の小売業と接続できていることは本当に強力だ」とユーCEOは強調する。
スマートスピーカーと接続しながら作り方を確認し、インターネットで接続したボッシュやLGのオーブンなどに入れてアプリで操作することで、自動で調理を始めることができる。家電メーカーでは日本のパナソニックも提携先の1社だ。パートナー企業から得る販促支援金やライセンス料金に加え、アプリに表示する広告、有料会員からの収入などで事業を進めている。
サイドシェフだけではなく、米イニットなども同様に流通企業や家電ブランドとパートナーシップを組むなど、スピード感を持ってUXを高めようとする動きが相次ぐ。ドイツ勢ではボッシュやシーメンス、ガゲナウといった家電・住設機器ブランドが垣根を越えて製品をあらゆるものがネットにつながるIoTで連携する「ホームコネクト」という基盤を作り上げている。
日本ではクックパッドが18年に家電メーカーを巻き込んだプラットフォームを構築しようとしたことがあったが、連携はうまく進まなかった。本来、消費者視点で考えればブランドは関係ないはずだ。キャスティングボードを握りたい各企業の思惑からグローバルなトレンドから離れてしまっている側面も否めない。
7月からサッポロホールディングスがパナソニック、イトーヨーカ堂と組み、冷蔵庫内の食材の残りやネットスーパーでの買い物情報をアプリで連携する実証実験をそれぞれ始める。足元でも業界横断的な取り組みは少しずつ出てきているが、どこまで成果を残せるか。供給者の論理から離れた議論が必要といえそうだ。

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