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脱炭素で危機感 石油・電力は自動車メーカーの競合か:日本経済新聞(8/12)

脱炭素視点で「未来のエコシステム」づくりが始まっている(出典:シリコンバレーD-Lab第4弾リポート)
 

「100年に一度」といわれるモビリティー産業の大変革をいち早く捉え、発信してきた有志組織「シリコンバレーD-Lab」プロジェクト。欧米発の「脱炭素化」のトレンドが今後、モビリティー産業にどのような「破壊と創造」をもたらすのか。シリコンバレーD-Labのメンバーが寄稿する。

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ちょうど1年前、モビリティー業界にエネルギー業界のプレーヤーが次々と参入してきていることにふと気づいた。今思えば、もっと早く気付くべきだった。

この数年、モビリティー業界では「CASE」や、「MaaS(マース)」の一大潮流が注目されてきた。これにより、自動車関連のビジネスが従来の自動車業界だけのものではなくなってきたことは認識していた。しかし、昨今のエネルギー業界のアプローチの力強さは、テック業界のそれとは異質なものを感じる。

一体どう違うのか。その答えは「強烈な危機感」だ。脱炭素化の盛り上がりを考えれば自然な流れだが、この重要な胎動の本質を見誤ってはいけない。

脱炭素問題について、日本ではこの半年余りで急激に取り沙汰されるようになった。しかし、パリ協定が採択され、二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの目標が掲げられたのは6年も前のことである。

すでに欧米では、地球温暖化対策へ積極的に取り組んでいない企業が市場から淘汰され始めている。サプライヤーとの取引でもカーボンニュートラルが求められるなど直接的な影響が出始め、グローバルに活動している日本企業は、この潮流にいや応なく巻き込まれている。

国内ではまだ様子見の企業も多いものの、欧州の環境意識などは我々の想像をはるかに超える。政治的なゲームの一部でもあったことは否定しないが、ここまで地球規模で走り出した脱炭素社会の実現への取り組みは、もはや一時的なブームでは終わらない。

覚悟を決めて早めにかじ取りをしないと、グローバルなビジネス環境においては根本からひっくり返される可能性のある問題だ。

そこでシリコンバレーD-Lab最新リポートでは、脱炭素を契機としたビジネスの変革をモビリティー業界とエネルギー業界の双方の視点で分析している。

日本のエネルギー業界の変革全体についてはすでに様々な観点で分析されているので、ここでは特にデジタル化に着目した。これまで分析してきたモビリティー業界の変革と、今般のエネルギー業界のデジタル変革が不可分の関係になっているのではないかとの仮説の下で分析を行った。

決して、国内の再生可能エネルギー含むエネルギー構成や、ガソリン車のあり方などについて意見を呈するものではない。世界を巻き込む脱炭素の潮流への中で、今後の日本企業のアクションのきっかけとなれば幸いである。

化石燃料は「悪役」、加速する世界のグリーン電力化

世界的な脱炭素シフトによって、欧米では石炭、石油、天然ガスといった化石燃料はすっかり悪役となってしまった。日本ではほとんど報道されていないが、19年、欧州石油メジャーであるフランスのトタルが2024パリオリンピックのスポンサーにふさわしくないと言われ、断念したほどである。

自動車をはじめとする化石燃料ビジネスでは、軒並み「電化=クリーン」というイメージを植え付けられ、その電力は再生可能エネルギー由来のグリーン電力が求められるようになった。

再生可能エネルギーは電力供給が安定しないため、電池の利用も加速する。燃焼してもCO2を排出しない水素が次世代の電力源として主役の一つに躍り出て、社会実装への投資が一気に進んだ。

グリーン電力と水素の時代が現実味を帯びることによって、バリューチェーンのあらゆる場面で新たなマーケットやイノベーションの余地が生まれてきた。その鍵を握るのが、デジタル化である。デジタル化への対応がなければ新規ビジネスを勝ち取ることはできない。

しかしながら、既存ビジネスを抱える業界の大手企業にとって、レガシーな仕組みの抜本的なデジタル化や、主力ビジネスを脅かす新規事業に大規模投資することは容易ではない。

そこで、既存ビジネスを維持しながらデジタル化に対応した新規事業への道をつくるため、多くの欧米エネルギー大手企業では、スタートアップとの協業を模索している。スタートアップへの投資・買収であれば、リスクを抑えつつイノベーション創出への対応が可能となる。

まず、危機感の強い欧米エネルギー大手(石油メジャー及び電力大手)の動き、特にモビリティー分野への取り組みを紹介したい。

欧米石油メジャーは「電力会社」になる?

化石燃料そのものをビジネスとしてきた石油メジャーは、化石燃料ビジネスの最大化も模索しつつ、背水の陣、いやむしろ本陣を引き払う覚悟を決めたかのようにして「新しい陣地」を必死に探している。最大級の危機感の中で、まず取り組みを進めているのが、「電力会社化」だ。

実際、英蘭石油メジャーのロイヤル・ダッチ・シェルは、「2030年に世界最大の電力会社になる」と宣言し、すでに英電力会社ファーストユーティリティー、オーストラリアの電力会社ERMパワー、欧州最大の家庭用蓄電池メーカーであるドイツのゾネンなどを買収している。

またトタルは、「世界最大のソーラー発電会社になる」と宣言し、ベルギーの電力会社ランピリス、フランス電力会社ディレクトエネルジー、米ソーラー発電会社サンパワー、仏蓄電池サフトなどを買収した。

そして、英石油メジャーBPも「統合化されたエネルギー企業を目指す」と宣言し、欧州最大のソーラープロジェクト開発ライトソースなどを買収した。このように石油メジャー各社は、電力関係で生まれる新たなマーケットで生き残る道を本気で模索している。

脱炭素燃料として有望視されている水素関連への投資も積極的である。既存の電力大手にアドバンテージがある電力分野に比べて、水素分野は対等に勝負ができる。しかも、欧州は「欧州水素戦略」を発表しており、欧州全体に水素のバリューチェーンを構築し、「水素のエアバス」(米ボーイングに対抗するために欧州でエアバスをつくったように、世界で戦える水素企業)をつくろうとしている。

この波に乗って、仏電力大手エンジーはトタルと組んで同国最大のグリーン水素プラントを建設すると発表。シェルは水素の需要を創り出すために、水素燃料電池飛行機の米スタートアップであるゼロアビアに出資した。

特に石油メジャーのアプローチで興味深いのは、電力や水素といったエネルギーの供給サイドのビジネスに加えて、需要サイドにも投資を行っている点だ。モビリティー分野やスマートホーム分野など、新しいエネルギー需要を創出するビジネスへの投資である。

その中でも供給サイドと需要サイドの接点として、電気自動車(EV)化が進むことで不可欠となる充電ビジネスは、ガソリンステーションを運営してきた石油メジャーには譲れない新規領域だろう。シェルは、欧州最大のEV充電事業のニューモーションを買収し、BPは英最大のEV充電事業のチャージマスター、欧州最大の路上EV充電事業のドイツのユビトリシティを買収した。

さらに需要サイドでは、モビリティーサービスへの参入機会も探っている。ガソリン車がEVになり、自動運転、コネクテッド、シェアリングといったCASEが当たり前の時代が来ることを想定した投資である。

シェルは、車のオンラインメンテナンスの米スピッフィ、車の所有者と修理業者をマッチングする英フーキャンフィックスマイカー、フリート向けオンラインロードサービスを展開するオランダのトラビス、車の損傷状態を画像診断するイスラエルのラビンなどに出資。トタルは、コネクテッドカーのデータ管理プラットフォームの仏Xee、公共交通の到着予測を行う米スウィフトリーに出資。米シェブロンは、自動運転タクシーの米ボヤージュ(現クルーズ)に出資している。

現時点では、各石油メジャーが、こうした投資を通じてエネルギー分野からモビリティー分野まで一気通貫で主導権を握るビジネス戦略を描いているわけではない。ただ、言えることは、石油メジャーが脱炭素という最大のピンチをチャンスに変えるべく、従来の化石燃料供給から大きくビジネス転換し、電力や水素の需要サイドにまで死にもの狂いで新規領域をとりに来ていることである。

このような欧米石油メジャーの動きはなかなか日本のメディアでは報じられていないが、グローバルビジネスを手掛ける企業にとっては捉えておくべき潮流といえる。

欧米電力大手はDXで「需要サイド」を狙う

一方、電力大手の危機感は、石油メジャーのそれとは異なる。脱炭素の潮流は電化を進めるが、新領域には新たなプレーヤーが参入してくる。そのため、既存ビジネスを抱える電力大手には「攻め」と「守り」の双方向でのビジネス戦略が求められる。

特に、再生可能エネルギーの普及に対応するためのデジタル化が鍵となる。化石燃料を利用した大型火力発電から太陽光発電などの再生可能エネルギー発電にシフトすると、発送電の効率性などを理由に電力システムは従来の中央集中型から分散型になる。電源が分散化することにより、比較的狭い地域内での家庭やビル、工場による小規模、多様な発電・蓄電による供給と、その地域における多様な需要を高度に調整する技術が必要となる。

こうした電力需給の変化に対応するためにはデジタル技術が不可欠だ。しかし、レガシーなインフラシステムの安定運用を収入源としてきた電力大手が、大胆なデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めることは容易ではない。

こうした状況下で、欧米の電力会社大手はデジタル技術を強化し、データドリブンカンパニーを志向している。米電力大手デュークエナジーは400人が所属するイノベーションセンターを発足。データ分析、クラウド、ユーザーエクスペリエンス(UX)、デザイン思考などの専門家をそろえ、常時80のプロジェクトをアジャイルで推進している。

また、米電力最大手エクセロンは、全社員にデータ分析研修を受けさせるため専用のアカデミーを設立。マイクログリッド(小規模電力網)を用いたスマートコミュニティーの実証実験を主導し、通信、モビリティー、センシング、遠隔教育などの新しいビジネスモデル構築を目指している。

欧米電力大手にとって、電力の需要サイドは既存ビジネスの延長領域として参入障壁が低い。イタリアのエネルはEV充電器の米eモーターワークスを買収した。また、スマートシティー領域では、例えばフランスのエンジーが電動スクーターシェアリングの台湾ゴゴロ、交通データ管理プラットフォームの米ストリートライト・データに出資している。

こうしたモビリティーやスマートホームの領域は、電力大手にとって目新しい領域ではない。石油メジャーほどの死にもの狂い感はない電力大手だが、DXを進め、増加する電力需要サイドのビジネスに進出する動きは注目に値する。

モビリティー産業が持つべき「危機感」とは

これまで説明してきたように、石油メジャーや電力大手は、エネルギー供給のみならず需要サイドにまでビジネス領域を広げてきている。モビリティー業界から見ればエネルギー業界が参入してきたように見える出来事だ。

これが実は、モビリティー業界にとっては新たな脅威となりかねない。というのも、モビリティー業界にとってガソリンなどのエネルギー供給は、これまで棲み分けられた共存ビジネスであった。しかしながら、デジタル化の進展により、エネルギーの供給から需要までを一気通貫でマネージし、最適なエネルギー需給バランスを確保できる環境が整いつつある。

このエネルギーの需給バランスが、地産地消を基本とする再生可能エネルギーの世界では重要となる。なぜなら、太陽光発電などの再生可能エネルギーは天候などにより変動性が高く、電力をためるにもコストがかかるからだ。

そしてこれは、モビリティーサービスのオペレーション効率化などにも大きく関わってくるのではないだろうか。エネルギーの側面からの全体最適化は、コスト競争に少なからず影響を及ぼすだろう。

これまでモビリティー産業は、MaaSなど「顧客とモビリティー間の関係性」にフォーカスしがちだった。ところが、エネルギー産業はエネルギー供給からサービス側まで全体を視野に入れてイノベーションを進めている。

これに対して、モビリティー産業はエネルギー供給までスコープを広げる必要があるだろう。脱炭素社会ではエネルギー業界とモビリティー業界がますます接近し、垣根がなくなる。長期的な潮流の中で、グローバル主導権争いのかじ取りにミスは許されない。

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