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「熱中症のリスク、日陰に」 未来の天気予報は自分専用:日本経済新聞(10/16)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC118JI0R11C21A0000000/

天気予報に並ぶ「晴れ」の印にワクワクしたのは過去の話だ。地球温暖化が進んだ将来は生命の危険を感じてドキドキしていることだろう。「きょうの東京都」なんていうのもあてにならない。同じ東京でも路面の上と、1メートル先の木陰で暑さは全く違う。欲しいのは「あなたのための天気予報」だ。

手のひら大の気象センサーを街中に取り付ける=東京理科大学提供

20××年8月、天気予報が東京都の最高気温は40度と伝えている。営業のKさんはきょうも外回りで忙しい。次の得意先へとビル街を歩いているとき、突然、手元にメッセージが届いた。「熱中症リスクが高いです。日陰を探してください」。喫茶店に避難し、Kさんは大きく息を吐いた。「危ないところだった」

温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」は地球の気温上昇を産業革命前に比べて2度未満にし、1.5度以下に抑えなければ、取り返しのつかない事態になると警告する。

1.5という数字は、社会が一変する臨界点でもある。変化を強いられる場面は数多いが、その一つが天気予報だ。

天気予報の原点は、経験則や動植物の様子にもとづく個人の判断だった。「夕焼けは晴れ」「猫が顔を洗うと雨」などの言い伝えが物語る。観測データから予測する「数値予報」が1950年代に始まると、大規模なシミュレーション(模擬実験)に基づき、多くの人にまとめて予報を届けるようになった。

温暖化時代には「みんなの天気予報」から「あなたのための天気予報」へと個人に向けた予報に再び転換する。しかも伝えるのは「晴れ」や「雨」ではない。気温や湿度、風速、道路の照り返しなどあなたのいるその場の気象条件だ。暑さと共存する術(すべ)を届ける。

東京理科大学の仲吉信人准教授らは手のひら大の気象センサーを開発した。従来の100分の1までサイズを小さくし、街中に取り付ける。測るのは気温、湿度、風速、日射量、周囲の物体からの熱だ。近くにいる人のスマホとつなぎ、事前に登録した年齢や性別、身長、体重、服装などを参考に一人ひとりを取り巻く気象条件を推し量る。「『日陰に行くとこれくらい温度が下がりますよ』と可視化したい」

熱中症の死亡者数は増加傾向にある。だが研究チームが目指すのは外出の自粛ではない。「一様に活動を禁じたら仕事にならない。一人ひとりの熱中症のなりやすさを考え、暑い中でどう動けるかを提案する」

開発した小型気象センサーは黒い球を2つ、白い球を1つ備える。熱を多く吸収する黒い球と、白い球の温度の差からは日射量がわかる。黒い球の1つは加熱し、風が吹くと温度が下がり、風速をとらえる。周囲の物体からの熱は新型コロナウイルス対策の体温計測でなじみのしくみで測る。

ここからさらに気温を計算し、湿度の情報を加えて熱中症のリスクを判定する。埼玉県熊谷市で21年8~9月に実験し、22年には市民へ熱中症リスクの提示を始める計画だ。将来は装着型の実現も目指す。

社会の変化は既に起き始めている。都市では日陰の価値が増す。

京都大学のチームは木陰の涼しさに注目する。木漏れ日が差し込み、どことなくひんやりとしている。

京大の研究に学んだ積水化学工業は樹木をまねた日よけを開発している。図形の一部と全体が相似形になった「フラクタル構造」を使い、葉の広がりを再現した。三角形の小さなピースでできた隙間だらけの構造は、風通しがよく熱をためにくい。販売を担当するセキスイハイムサプライの中北修さんは「都市部の避難場所、クールスポットになる」と話す。

日よけは都市部の避難場所になる=セキスイハイムサプライ提供

小型気象センサーの開発や日陰の開拓から見えてくるのは、天気に対する私たちの気持ちの変化だ。晴天や恵みの雨を歓迎していた時代から、温暖化の脅威を知るにつれて熱波や豪雨を恐れるようになった。時代の節目に価値観の変化はつきものだが、それが強いられるものであれば温暖化は防がなければならない。

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