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ネット診療、やりたくない 開業医「登録だけ」の本音:日本経済新聞(10/24)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC101TV0Q1A011C2000000/

 

厚生労働省の登録データによると、日本で遠隔診療ができる医療機関は約15%にとどまる。それでも開業医を中心に1万7000近い拠点があるわけだが、実態は心もとない。ほとんどが電話のみで、インターネット診療は登録だけして事実上、患者を診ていない病院も多い。欧米はコロナ下でネット診療が広く普及した。なぜ日本だけ閑古鳥が鳴くのか。

「ネット診療は機器の操作も面倒だし、しばらくは様子見をする。同じような医師仲間は多い」。関東地方の開業医(60代)はこう明かす。オンライン診療の規制が特例措置で緩和された2020年、遠隔での予約管理や診療、決済などのシステム一式を導入したが、いまは事実上の休診だ。「患者も対面診療を望んでいる。システムの維持費や人件費を考えれば、そのほうが医師も都合がいい」

ネット診療に必要な電子カルテやパソコン、ウェブカメラなどの導入は、多くの自治体で上限数十万円の補助金が出る。いざネット診療を始めると診療時間を調整したり、担当スタッフを雇ったり、経営上の検討事項が増えるが、システム導入だけなら負担は少ない。当面は様子見するつもりでも、「補助金があるうちに……」という考えになりやすい。

21年6月末時点で厚労省に電話やネットでの遠隔診療の登録を届け出ている医療機関は1万6872ある。コロナの1回目の緊急事態宣言下だった20年4月、国は特例で遠隔診療が初診からできるようにした。これをきっかけに同省への登録は2カ月ほどで約6000増えたが、その後は頭打ちになっている。

実は20年春に急増した登録病院の多くはシステム導入さえしていない。コロナ感染を恐れて通院しなくなった患者をつなぎ留めようと始めた電話診療が中心だった。ところが、電話では慢性疾患の高齢者らに思うように受診してもらえず、ブームは早々に一巡した。遠隔診療システム業界の関係者は「システムでやり取りされるデータ量をみる限り、いまもネット診療はほとんど普及していない」と証言する。

ネット診療に及び腰の開業医が多いのは、対面診療より診療報酬が低いのが一因だ。経営上は診療項目によって1回あたり数百円から2000円近い減収になる。世界17カ国・地域のネット診療を調査した慶応義塾大学の木下翔太郎特任助教は「米国や英国、イタリアなどは対面とネットの診療報酬がほぼ同じ」と指摘する。

日本でも入院病床が足りず自宅療養を強いられるコロナ患者が増えた8月、コロナに限って遠隔診療の報酬が2倍に引き上げられたが、医療機関の登録は伸びていないようだ。そもそも開業医の多くは広域で競争原理が働くネット診療の普及を望んでいない。ある医師は「ネット診療で先行されてしまうと、もう戦えなくなる」と不安を口にする。

一方、コロナ下で急成長した世界のネット診療市場はさらにふくらむ可能性が大きい。独調査会社スタティスタは19年の490億ドルから、23年に1940億ドル、2030年に4590億ドルと予測する。米サイクス・エンタープライズによると、米国では21年3月のネット診療比率が61%と1年前の約3倍になった。英国は国民医療制度(NHS)のかかりつけ医でコロナ前に2割だったネット診療患者が7割に増えたとされる。

米国は民間保険が中心で広大な国土に医師不足の地域も多い。英国のNHSの対面診療は予約して数日から数週間待たされるが、ネット診療なら早い。継続的に治療していく糖尿病、高血圧などの生活習慣病では、対面よりもネットのほうが患者の状態が改善したとの報告もある。

日本は国民皆保険の下で医療費の自己負担は70歳以上が2割、75歳以上が1割に抑えられている。高齢者らはネット診療による医療効率化に関心が薄い。そのうえ経営への影響を懸念する開業医が多く、厚労省のオンライン診療の検討会ではコロナ下でも「怪しいオンライン診療を防ぐ必要がある」「医療の質の低下につながっていないか」といった慎重意見が幅を利かせたままだ。

日本の医療費はコロナの影響で受診が減った20年度もなお40兆円を上回る水準だ。日本経済研究センターの試算によると、糖尿病など生活習慣病の経過観察をネット診療にすれば医療費を年間1兆円減らせる可能性がある。大和総研の石橋未来研究員は「ネット診療を中長期の医療計画の中でどう活用するのかビジョンを示すべき時期にきている」と指摘する。コロナという好機を逸してしまえば改革は遠のく。

〈Review 記者から〉デジタル医療、機会失う

ネット診療は医療テクノロジーの進展にもつながる。政府支援下で対面からネットに切り替えが進む米国や英国、中国では大がかりな医療データベースを基にして新薬や医療機器、診療技術を開発するプロジェクトが動いている。日本は対面診療の電子カルテですら仕様が統一されず、データ共有化でも後れを取ってしまった。

米保健福祉省(HHS)は8月、遠隔医療サービスに2000万ドルを投資すると発表した。精神疾患や生活習慣病にネット診療を広げ、国民の医療アクセスを改善させる。ハビエル・ベセラ長官は「患者に便利で持続的なケアを提供する」と説明したが、具体的な投資案件をみると、技術開発や有用性評価など医療のデジタル転換のアクセルを踏んだ印象だ。

世界の製薬大手による新薬開発の最前線では、専用機器やアプリを通じて投薬後の患者の状態を監視する「デジタル臨床試験」が進んでいる。機器の遠隔操作システムをめぐっては、米ファイザーやスイスのノバルティスなどが研究開発投資を積み増している。

英国ではネット診療の申込時に入力した情報をもとに、AI(人工知能)も使って優先順位を付けるシステムが開発されている。中国では保険大手が医療ビッグデータを国を挙げた感染症対策に提供しているとみられる。

ネット診療をこれまでの医療の効率化という視点だけでみていると、先進的な医療インフラを構築する機会を失いかねない。

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